東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)41号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は、以下に説示するとおり正当であつて、原告の主張は理由がないものというべきである。
前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公告公報)及び第三号証(昭和五一年七月一三日付手続補正書)を総合すると、本願発明は、樹皮剥ぎ機に関する発明であつて、皮剥ぎ作業を全自動化するとともに、カツターが丸太周面の起伏に添つて円滑に移動するようにして、その丸太の木質部に損傷を与えることなく皮剥ぎ作業をなし得るようにすることを目的として、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの構成、特に、アーム部体の重心をその支持点より後方に置いて、アーム部体自身は丸太と対向する一側端がその丸太から離隔する方向に回動すべくし、かつ、アーム部体の一側端の支持軸に刃先回転軌跡がその支持軸の軸線上に一致する関係にしたカツターとこのカツターを平衡に保持し、しかもそれが傾いたときに原位置に復帰させるべく作用する平衡保持体を設け、更にアーム部体の他側端に、その自重による回動勢力に抗して、アーム部体をその一側端に設けた前記カツターが前記丸太に接する位置に保持し、かつ、カツターにそれを押し上げる力が作用したときそのカツターが上昇する方向にアーム部体の回動を許容する調節機構を設けることにより、他の構成と相まつて、カツターが丸太の起伏に敏感に反応して左右及び上下方向に揺動し、丸太の樹皮を円滑かつ正確に剥離することができ、そのときに丸太の本質部を損傷させることもないという作用効果を奏するとともに、その皮剥ぎ作業を全自動的になすことができ、基礎枠体の周囲に樹皮を剥ぎ取つた丸太を順次積み重ねることができるという作用効果を奏するものと認められる。他方、第一引用例(第一引用例が昭和三五年五月一七日特許庁資料館に受け入れられたことは、原告の明らかに争わないところである。)に本件審決認定のとおりの発明A(アーム部体の他側に、「アーム部体をその一側端に設けた鎖状連枷体のガードが丸太に接する位置に保持する流体モータ」を介在させたと認定した点を除く。)及び発明Bが記載されていること、並びに第二引用例(第二引用例が昭和六年七月二八日特許庁資料館に受け入れられたことは、原告の明らかに争わないところである。)に本件審決認定のとおりの樹皮剥ぎ機に関する発明が記載されていることは原告の認めるところであり、本願発明と第一引用例記載の発明Aとの間に本件審決認定のとおりの一致点(アーム部体の他側に、アーム部体をその一側端に設けた皮剥ぎ部材が丸太に接する位置に保持し、かつ、皮剥ぎ部材にそれを押し上げる力が作用したとき、その皮剥ぎ部材が上昇する方向にアーム部体の回動を許容する調節機構を設けた点で一致するとした点を除く。)及び相違点(1)ないし(4)が存すること、並びに相違点(1)、(3)及び(4)についての本件審決の認定判断は原告の認めるところである。
ところで、本件審決は、第一引用例記載の発明Aにおける流体モータの機能について、前示のとおり「アーム部体をその一側端に設けた鎖状連枷体のガードが丸太に接する位置に保持する」ものと認定し、かつ、本願発明と第一引用例記載の発明Aとは、「アーム部体の他側に、アーム部体をその一側端に設けた皮剥ぎ部材が丸太に接する位置に保持し、かつ、皮剥ぎ部材にそれを押し上げる力が作用したとき、その皮剥ぎ部材が上昇する方向にアーム部体の回動を許容する調節機構を設けた」点で一致する旨認定判断しているところ、原告は、右の認定判断は誤りである旨主張する。よつて検討するに、成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によると、第一引用例の図面第4図及び第5図には、第一引用例に記載された発明Aにおけるアーム部体の他側に設けられる流体モータとして、流体モータ55と流体モータ155が記載されているところ、第一引用例の本文中には、流体モータ55の機能について、「流体モータ55は、皮剥ぎ頭の枠体を持ち上げる一方、皮剥ぎ頭の重量は流体がモータのピストンの下側から解放されるときにいつでも該枠体を振り下げる。この流体モータは下を丸太が通り抜けられるように、皮剥ぎ頭を高く持ち上げることができるようになつている。」(同号証第三頁第五欄第二三行ないし第二九行)との記載が、また、流体モータ155の機能について、「枠体を含めた皮剥ぎ機構を上げたり下げたりして、異なつた直径の丸太に合わせるために、二重に作用する流体モータ155が、キヤリツジの背面板29´´の下端間、水平支柱133の下面に取り付けられている。このモータは、モータ55が皮剥ぎ頭の枠体を最初の垂直方向に調節された位置に対し、持ち上げるように働くのに対し、すべり及び皮剥ぎ頭の枠体の垂直方向の高さを調節できるようになつている。」(同号証同頁同欄第二八行ないし第三七行)との記載があることが認められ、右記載に徴すれば、本件審決にいう「アーム部体をその一側端に設けた鎖状連枷体のガードが丸太に接する位置に保持する」という機能を持つ流体モータとは、流体モータ55を指称するものと解されるところ、流体モータ55の機能についての前記記載及び前示のとおり、第一引用例記載の発明Aにおいては、アーム部体の重心はその支持点より前方に置かれ、アーム部体自身は丸太と対向する一側端がその丸太に接近する方向に回転するように構成されていることを総合勘案すると、第一引用例記載の発明Aにおいて、アーム部体の一側端に設けられた鎖状連枷体のガードを丸太に接する位置に保持するのは、皮剥ぎ頭を含むアーム部体44の自重であつて、流体モータ55は、皮剥ぎ頭の枠体45が垂直方向の高さ方向に調節された位置に対し、軸41を中心にして皮剥ぎ頭の枠体45を持ち上げ、その下を丸太が通り抜けられるようにするとともに、皮剥ぎ作業を行うために作動流体を流体モータ55のピストンの下から排出し、皮剥ぎ頭を含むアーム部体44が自重によつてその一側端に設けられた鎖状連枷体48のガード49を丸太に載置させる機能を有するにすぎないものと認められる。そうであるとすれば、本件審決が右流体モータについて、「アーム部体をその一側端に設けた鎖状連枷体のガードが丸太に接する位置に保持する」という機能を有するものと認定判断したのは正確さを欠き誤りといわざるを得ない。また、第一引用例記載の発明Aには、前示のとおり、アーム部体の他側には鎖状連枷体のガードが上昇する方向にアーム部体の回動を許容するために、スリーブと流体モータのピストンとの間に滑動自在な接続具が記載されているところ、右接続具はアーム部体の一側端に設けた鎖状連枷体のガードに皮剥ぎ頭(アーム部体)を押し上げる力が作用したとき、右皮剥ぎ頭が上昇する方向にアーム部体の回動を許容する機能を有するものではあるが、右機能は、本願発明における調節機構のようにアーム部体の自重に抗してアーム部体を皮剥ぎ位置に保持するものではなく、したがつて、その技術的手段を異にするものであるから、第一引用例記載の発明Aが本願発明と同一の技術的思想の、アーム部体の他側にアーム部体をその一側端に設けた皮剥ぎ部材が丸太に接する位置に保持する機能を有する調節機構を設けているものということはできず、したがつて、本件審決が本願発明と第一引用例記載の発明Aとは、アーム部体の他側に右機能をも有する調節機構を設けた皮剥ぎ機である点で一致すると認定判断したのは誤りというべきである。しかし、第一引用例には、本件審決の認定するとおり、アーム部体の他側に調節可能な釣合いおもりと、アーム部体をその一側端に設けた鎖状連枷体のガードが丸太に接する位置に保持するばねで支持された流体モータを備えた皮剥ぎ機(発明B)が記載されており(この点は、前示のとおり原告の認めるところである。)、前掲甲第四号証(第一引用例)によれば、右のばねで支持された流体モータの機能について、「この流体モータ170は、更にたわんだ状態で剥皮される丸太にも積極的に皮剥ぎ機構を合わせるように保持するように働く」(同号証第四頁第七欄第四三行ないし第四六行)旨記載されていることが認められ、この記載に、ばね(スプリング)が弾力性を有するものであることを考慮すると、第一引用例記載の発明Bにおいては、流体モータの作動とばね(スプリング)のたわみ作用(弾力性)によつて鎖状連枷体のガードを丸太に接する位置に保持しているものと解され、そうであるとすれば、鎖状連枷体のガードを丸太に接する位置に保持した後、右ガードにアーム部体を押し上げる力が作用した場合には、流体モータ170を支持するスプリングのたわみ作用(弾力性)によつてアーム部体の回動が、その弾力性の範囲内において許容されるものと認めるのを相当とするから、第一引用例には、アーム部体の他側に、アーム部体をその一側端に設けた皮剥ぎ部材が丸太に接する位置に保持し、かつ、皮剥ぎ部材にそれを押し上げる力が作用したときその皮剥ぎ部材が上昇する方向にアーム部体の回動を許容する本願発明の調節機構に相当する調節機構が開示されているものと認められる。この点に関し、原告は、第一引用例には右スプリングと流体モータ170及びアーム部体との関連構成についての記載がないから、右スプリングが流体モータ170を乗載支持しているのか、吊下げ支持しているのか、牽引支持しているのか、あるいは弾圧支持しているのか全く不明であつて、第一引用例に本願発明における調節機構と同様の調節機構が記載開示されているとは認められないし、仮に、右スプリングが、カツターにそれを押し上げる力が作用したときにカツターが上昇する方向にアーム部体の回動を許容するものであるとしても、更に右スプリングがアーム部体の自重による回動勢力に抗して、右アーム部体をその一側端に設けたカツターが丸太に接する位置に保持する構成のものと認められないかぎり、本願発明の調節機構と同じとみることはできない旨主張するが、本願発明の調節機構は機能的に特定されているところ、前認定説示のとおり、第一引用例には本願発明の調節機構の右機能的な要件を具備する調節機構が記載されており、また、本願発明の調節機構は、アーム部体がその自重により丸太から離隔する方向に回動しようとする勢力に抗してアーム部体をその一側端に設けた皮剥ぎ部材が丸太に接する位置に保持するという機能を有するところ、前認定説示のとおり、第一引用例には右機能を奏する調節機構が記載されており、右回動勢力が生じるか否かはアーム部体の重心を支持点の後方に置くか否かによつて生じるものであるところ、本件審決はこの点を相違点(2)として挙げ、これについて認定判断しているのであるから、原告の右主張は採用することができない。
ところで、原告は本件審決の右相違点(2)についての認定判断を争うから、この点を更に審究するに、前認定の本願発明の構成によると、本願発明においては、アーム部体の重心がその支持点より後方に置かれているため、アーム部体には丸太から離れようとする回動勢力が生じているところから、本願発明の調節機構はそうした回動勢力に抗してカツターが丸太に接する位置に保持されるように付勢しているのであり、これをいい換えれば、本願発明において、アーム部体の重心を支持点の後方に置く上記構成による回動勢力はアーム部体をカツターが丸太に接する位置に保持するという調節機構のもつ勢力によつて相殺され、アーム部体の上昇方向への回動は重心の位置とは無関係に、調節機構のもつアーム部体の回動を許容する構成によるものと認められ、アーム部体の重心をその支持点より後方に置く構成によつてアーム部体の上昇方向への回動が特に敏感に反応するという作用効果が奏されるものとは認めることができない。そうすると、本願発明がアーム部体の重心を支持点より後方にして丸太と対向する一側端がその丸太から離隔する方向にそのアーム部体自身で回動するようにした構成は、第一引用例記載の発明Bに比べ、格別の技術的意義を有するものではなく、その奏する作用効果の点においても格別異なる点があるとはいえないから、本願発明においてアーム部体の重心位置をその支持点より後方にした点に格別の困難性を要するものとは認められず、本件審決認定の相違点(2)に示される本願発明の構成は、第一引用例記載の発明Bに基づいて容易に想到し得るものというべきである。なお、原告は、本願発明において、カツターが丸太の起伏に敏感に反応して左右及び上下に揺動し、丸太の樹皮を木質部を損傷させることなく円滑かつ正確に剥離することができるという作用効果を奏するのは、単に、<1>カツターの刃先回転軌跡が支持軸の軸線延長上に一致する構成をなしているからではなく、その他に<2>アーム部体の重心を支持点より後方において、そのアーム部体を丸太と対向する一側端が丸太から離隔する方向に回動すべくしたこと、<3>カツターを平衡に保持し、しかもそれが傾いたときに原位置に復帰させるべく作用する平衡保持体を設けたこと、<4>上記アーム部体の他側端に、その自重による回動勢力に抗してアーム部体を上記カツターが丸太に接する位置に保持し、かつ、カツターにそれを押し上げる力が作用したとき、そのカツターが上昇する方向にアーム部体の回動を許容する調節機構を設けたことの各構成が有機的に作用するためであつて、右効果は第一引用例及び第二引用例に記載されていない格別のものである旨主張するが、カツターが丸太の起伏に反応して左右に揺動するのは、右<1>及び<3>の構成によるものであり、同じく上下に回動するのは<4>の構成によるのであつて、各構成が有機的に作用しなければ左右の揺動、上下の回動がなし得ないものではなく、また、<2>の構成によつて、カツターが丸太の起伏に敏感に反応して上下(特に上方向)に回動がなし得るものでないことは前認定説示のとおりであつて、本願発明の効果も第一引用例及び第二引用例記載の発明の効果の単なる総和以上に出るものとはいえないから、原告の右主張も採用することができない。
そうであるとすれば、本件審決には第一引用例記載の発明Aにおける流体モータの機能についての認定及び本願発明と第一引用例記載の発明Aとの一致点についての認定判断の一部に適正を欠く点があるけれども、本願発明は第一引用例及び第二引用例記載の発明並びに従来周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めるのが相当であつて、右認定判断の誤りは本件審決の前記結論を左右するものということができない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
丸太を回転させつつ支持する基礎枠体に、上記丸太の長さ方向に対し平行に移動する可動枠体を架設し、この可動枠体に対して上下動可能に装架された支持枠体にアーム部体を上記丸太と略直行する関係にして支持するとともに、このアーム部体の重心をその支持点より後方に置いてアーム部体自身は、丸太と対向する一側端がその丸太から離隔する方向に回動すべくし、かつアーム部体の上記一側端に回転自在に設けた支持軸に、カツターをその刃先回転軌跡が上記支持軸の軸線延長上に一致する関係にして直接あるいは間接に装架するとともに、このカツターを平衡に保持ししかもそれが傾いたときに原位置に復帰させるべく作用する平衡保持体を設け、さらにアーム部体の他側端に、その自重による回動勢力に抗して、アーム部体をその一側端に設けた前記カツターが前記丸太に接する位置に保持しかつカツターにそれを押し上げる力が作用したときそのカツターが上昇する方向にアーム部体の回動を許容する調節機構を設けたことを特徴とする樹皮剥ぎ機。